家畜





 街一つが人間の住む世界から消えた。どのような原理か不明であるが、ただ一つ言えることは、その街では生態系の頂点から人間は転落したという事だった。
 新たな支配者として君臨するのは、かつて人間が家畜と呼んでいた豚。その豚共は人間のように直立し、人間を家畜のように飼い始めた。抵抗する人間達もいたが、それらの殆ど全てが家畜とされるか、屠殺された。
「ヴィーナスラブミーチェーン!」
 腐った匂いを吐き散らす街に、凛とした女性の声が響く。セーラー戦士の一人、セーラーヴィーナスは抵抗を続ける人間の一人だった。
「はぁ、はぁ、キリが無いわ……っ」
 豚人は複数匹でセーラーヴィーナスを取り囲み、ジワリジワリと近付きながら、この可憐な美少女戦士の体力と気力が尽きるのを待っていた。
(みんな、無事でいてっ)
 毎日のように明け暮れる抵抗運動。次第に人は減り、家畜が増えていく中で、セーラー戦士達は人間を救おうと一気に豚人の根拠地へと乗り込んだのだった。
(こんなところで、これ以上足止めをされる訳には……)
 豚人は、セーラー戦士の行動等お見通しだった。各個に分断し、それぞれを逃げた家畜でも捕まえるかのように取り囲む。
「それ以上近寄らないでよね!」
 黄金の鎖を振り回し、包囲を崩そうと試みるも、豚人は遠巻きに眺めるだけだった。
(少しでも、隙を見せたらお終いだわ……)
 肩で息をしながら、周囲をキッと見回す。包囲は徐々に層を厚くし、逃げ出す隙間など見当たらない。それでも彼女には諦める事は許されないのだった。
(そうよ、弱気になっちゃダメ。私達が負けたら、この街の人たちは……)
 お終いである。
「ヤレ」


 膠着状態に変化をもたらす声。豚人は手に手に無骨な鎖を握っていたのだ。
「えっ!?」
 四方八方から襲いかかる鎖。セーラーヴィーナスは自らの腕を振るい、黄金の鎖をしならせてそれらを拒もうとするが、数が違いすぎた。
「きゃぁ!!!」
 避ける間もなく、鎖は雲の巣のようにセーラーヴィーナスの行動を制限し、さらに襲いかかった何本かが腕へ、首へ、脚へと絡みつく。セーラーヴィーナスの抵抗運動はそこで終了せざるを得ない。
「うっ……このっ」
 力いっぱいに鎖を引っ張られ、地面に引き倒される。それはまさに抵抗する家畜をねじ伏せようとする行為に見えた。
「は、離しなさいっ」
 ズッシリと重い鎖をその身に絡ませた美少女戦士は、唯一許された言葉の抵抗を始めた。だが、続々と集まる豚人に、その声はかき消されていった。



 嗅覚がおかしくなる程の臭気が漂っていた。
「い、いひぃ!」
 女の嬌声が、というよりは悲鳴のような鳴き声が鳴り響く。しかし、女のとは言ったものの、ここに人間など一人もいない。
「ぶ、ぶひぃん!」
「フゴォ! フゴォ!」
 品性の欠片すらない雌、雌、雌。家畜へと成り下がり、食事から排泄、交尾、そして死までも管理される事になった元人間たち。
「う、うぅ……」
 中には人間の心のまま、二畳程の広さの檻に飼われている者たちもいる。だが豚人の品種改良は巧妙だった。人間の身体を作り替える作用を持つ飼料(食事)を毎日のように強引に食べさせ続ける。
 拒むこと等出来はしない。パイプを家畜の口へ突き刺し、胃へ直接流し込むのだ。後に残るのは胃から逆上せ上がる強烈な匂い。
「んぅっ!! お、ごぉ……っ」
 家畜番号【1524】――セーラー戦士の一人、セーラーヴィーナスは今まさに家畜へと作り替えられようとしている最中であった。
 ここに囚われてから既に二週間が経過している。その間に知ることが出来た事は、抵抗が全く無意味であるという事だった。
 豚人達は容赦なく餌を与え、日々順調に捕らえた人間達を家畜人間へと変えていく。ヴィーナスをヴィーナスとして等扱うはずも無い。膨大な数の家畜達を飼育する側もまた、機械的にこなさなければ、とても間に合わない。そういう意味では大事に飼育されているのかもしれなかった。餌が出なかった日など一度も無い。
 スレンダーな身体は醜く歪み、耳は豚のように垂れ下がり、頭部の大きさを超える乳房からは絶えず母乳がにじみ出る。


(誰か、助けて……)
 餌の時間は苦痛以外の何も生まない。強引に腹が膨れ、栄養だけを与えられる。ヴィーナスの肉体は既に家畜化が完了し、後は心の家畜化を待つだけであった。
(このままだと、私まで……)
 手法は分からないが、隣から聞こえていた女性の声が、ある日を境に豚のように泣き喚く。そんな事があっただけに、ヴィーナスの心は日々休まる事が無かった。
「げほっ、かはっ……っぅ」
 時間にして五秒の食事を終えると、後は寝るだけ。散歩も何も許されず飼われ続ける毎日。
「いや、絶対に嫌よ……こんなのって」
 口元から、ひどい匂いの餌が垂れ落ちる。今ではすっかり嗅覚が麻痺し、嫌な匂いだと感じなくなっている。そんな些細なことも恐怖の一旦であった。
 周囲を見わたせば家畜のように鳴き喚く雌の姿が、未来の自分であると想像するだけで心が折れそうになる。
 ヴィーナスは、毎夜涙を流していた。このような境遇、明日とも知れない家畜への堕落。それは如何に戦士であっても限度がある。代わり映えの無い家畜として、豚として扱われる日々を続けられればそうもなろう。
(なんとか、逃げ出さないと――)
 このような状態で、何度考えた事だろうか。だが、日々醜く豚へと変貌し、肥大化していく乳房はセーラーヴィーナスの戦闘力を明らかに奪っていた。もしかすると、体の内部はもはや人間ではないのかもしれない。鎖を切ろうと力をこめるが、神秘的な光線は既に指先から発する事は無かった。