実験ケース 陥落


 ミネアはゆっくりと、邪悪に微笑む。

「あら……姉さん」

 今気付いたかのように、その無抵抗な獲物へ近付いていく。

「見てよ姉さん、素晴らしいでしょう?」

 両手を広げるミネア。そして変化は急激に訪れる。

「あ、あ……ッ」

 眼前で、最愛の妹が変貌していくのは残酷すぎる仕打ちだった。ミチミチと音を立てて、ミネアはその姿を人間から別のものへと変えていった。

 肉流動し、醜く変色を始め、四本の脚へと増えていく。形の整っていたお尻の真ん中からは肉が隆起し始め、尾を形成し、手前には獰猛なハサミ。その姿はまさに、サソリだった。

 ミネアから目を逸らさず、マーニャは呟いた。

「バルザック、あんた絶対に……殺してやる……」

 身体の震えが止まらない。こんな事にまでなろうとは、はっきり言って自分の考えが甘かったとしか思えなかった。予想もしていなかった妹の姿。父親の研究技術が、歪んだ形で妹に使われ、もはや人間として戻れないところまで来てしまっている。これほどの敗北感を、マーニャは味わったことが未だかつて無かった。

「どうだマーニャ? ん? 下等な人間を捨てた崇高な姿だ。貴様には解るまいな」

 マーニャは、自分でも気付かない内に泣いていた。バルザックの言葉などまるで耳に入らない。

「あっはぁぁああああ!!」

 隆起した尾が、次第に骨格を形成していく。複数に枝分かれした足にも、同様の骨格が表面に生まれていった。

「見て見てぇ姉さん! 進化って凄いわっ!」

「嗚呼……ミネア……ッ」

 せめて人間として楽にしてあげたかった。だが、囚われの身ではどうすることもできない。今はっきりと、マーニャは自らの無力感を呪った。自分はバルザックに対して軽口しか叩くことが出来ない。姉妹揃って仇を打つという願いも絶たれてしまった。

「ああ、姉さん! 姉さんっ! 身体が疼いて、疼いてしょうがないのぉ!」

 雄叫びのような願望を発し、ミネアの変貌は終わった。その姿は――

「サソリアーマーの魔素を充分注ぎ込んでやったのさ」

 バルザックのその言葉がマーニャに届いたかどうかは定かではない。マーニャにとっては最愛の妹の変貌で頭が真っ白に近い状況に陥っていた。

「姉さん、姉さん……すごく気持ち良いの。今まで抑えつけられてたしがらみから、一気に開放されたのよ。バルザック様のお陰で、こんな素晴らしい身体に――」

「ミネア!」

 マーニャには、妹が憎い仇に対して『様』を付ける現実を受け入れられなかった。

「やめて! あんなやつに……いいようにされて……誓いは!? 絶対に二人で仇を討つって誓いはどうしたのよ!」

「……は? 誰よ仇って」

 小馬鹿にしたようなミネアの仕草。

「姉さんはまだ駄目ね……現実がわかってないわ:…」

 マーニャに近付き、その姉よりも豊満な胸を姉の胸へと押し付ける。

「あなたも進化するのよ、姉さん……いえ、マーニャ」